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「フル稼働」で生産性は上がるのか?京大教授が提唱する「なまこ理論」から考えよう

コラム公開日
「日本企業の生産性は低い」とよく言われます。

では、人材や設備をもっとフル稼働に近づけなければ…と考えてしまうでしょうか?
その方針が良いのかどうかというと、そうではないという考え方もあります。

企業が考えなければならないのは「存続」です。
「存続」を最優先事項としたとき、日常的に設備や人材をフル投入することが果たして良いのかどうか。
ビジネスシーンでよく知られる「パレートの法則」や、京大教授が提唱する「なまこ理論」という視点から見てみましょう。


日本の労働時間と生産性

そもそも論として、日本企業の生産性は本当に低いのでしょうか。データを見てみましょう。

まず、労働時間の国際比較です(図1)。


図1 一人当たり平均年齢同時間
(出所:「データブック国際労働比較2019」労働政策研究・研修機構)
https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/databook/2019/06/d2019_G6-1.pdf 

世界的に労働時間は減少傾向にありますが、日本の労働時間はやはり長い傾向にあります。
そして、各国の国際競争力と生産性をランキングにしたのが下図です(図2)。


図2 各国の国際競争力と生産性のランキング
<出所:デービッド・アトキンソン「日本企業の勝算」p59より筆者作成、元データは世界経済フォーラム、IMF(2018)による>

「国際競争力の割には、生産性が低い」。これが日本の特徴のようです。
こう聞くと、生産性や賃金よりも労働時間と技術、という「ど根性」の象徴のように筆者には感じられます。

もちろん、「ど根性」が悪いわけではありません。
しかし「全員全力試合」を日常的に続けても、低賃金が続き従業員に還元できていない日本では、それが最適解とはいえないでしょう。
人員の確保や企業の存続という側面からは、考え直さなければならない点もあるのではないでしょうか。


アイリスオーヤマが見せた「7割稼働」の底力

「同じ人員で、たくさん生産すればいい」—
確かにそれは生産性の一部ですが、それだけとは限らないことを日本中に見せつけたのが、新型コロナウイルス流行初期のアイリスオーヤマです。

日本で本格的に新型コロナが流行し始めたとき、マスクが売り切れて手に入らない、という状況に陥りました。
そこで真っ先に手を挙げたのが、アイリスオーヤマです。

なぜ、家具・家電メーカーであるはずのアイリスオーヤマが即座にマスクの生産ラインを確保し販売に乗り出せたのか。
そこには、このような背景がありました。大山健太郎会長はこのように語っています*1。
我々は最初から設備をフル稼働させず、次のステージを見越した先行投資として工場敷地の3割は空けること、すなわち設備稼働率を7割に留めることで常に余裕を持つようにしています。その目的は、チャンスロスを回避するためです。

<引用:「ハーバード・ビジネス・レビュー」2021年2月号 p32>

いつどのような需要が沸き起こるかわからない、そのような時代だからこそ、需要に対し即座に応じられる能力を維持する。
これは設備だけでなく、一人で多くのことをできる「多能工」を日常的に育成してきたことも、危機に対して柔軟性を持っていたひとつの要因です。
「何でも扱える」準備が人材としても整っていたのです。

結果、品薄に加え「国産マスクは安心」というイメージから人気が集中し、アイリスオーヤマのマスクには注文が殺到する「幻のマスク」と呼ばれるまでになりました。
また、需要への速やかな対応はブランドイメージを大いに向上させたことでしょう。


パレートの法則と「なまこ理論」に見る組織のあり方

さて、ここでひとつのビジネス理論を紹介します。

「パレートの法則」です。「80:20の法則」とも呼ばれます。

会社の売り上げは、2割の社員が出している。あるいは、2割の優良顧客が売上の8割を占めている。
つまり物事の趨勢は全体の2割によって決まる、という理論です。
近年「新規顧客よりもリピーター獲得に注力せよ」と言われるのも、パレートの法則によるものです。
「80」や「20」が正確な配分ということではありませんが、全体は一部によって左右される、といった意味合いです。

実際、このような例があります。
カゴメが主力製品であるトマトジュースの売上を分析したところ、「上位2.5%の顧客が売り上げの30~40%を占めている」ことがわかったといいます*2。

これは経営上の他の要素にも当てはまるようです。
先述のアイリスオーヤマの場合は、「3割の余裕がビジネスを左右した」とも言えます。

そして、人材については京大の酒井敏教授がこのような理論を展開しています。
「なまこ理論」です。
例えば、10人でお米を作っていたとしましょう。これを一生懸命効率化して5人で作れるようになった。5人で作れるようになったこと自体は素晴らしいことですが、問題は余った5人も一生懸命米を作ると、20人分できちゃう。余ってしまうから売れない。もっと安くしないと売れないので、どんどん値下げをしていきます。そうするとまた売れなくなってくるので、もっと効率化して3人で作るようになると。これはもう悪循環です。

<引用:「第2回『京大おもろトーク:アートな京大を目指して』〜京大解体」京都大学>*3

今の日本企業の状態をズバリと言い表しているのではないでしょうか。
その上で酒井教授が提唱しているのが「なまこ理論」なのです。このようなものです。
そもそも余った5人が米を作るからいけないので、余った5人は米なんて作らず、海にでも遊びに行って、なまこでも取ってこい。あれが食えることを発見した人は偉いんでしょ。それでなまこを取ってきてですね、真面目に米を作っている人に、お米だけだと寂しいですよねと、これうまいんですよと言って高い金で、高い金でっていうのがポイントなんだけども、売りつけて、そのお金でお米を買って、初めて経済が回るわけなんですよ。だから米を作ってはいけない。

<引用:「第2回『京大おもろトーク:アートな京大を目指して』〜京大解体」京都大学>*3

この思想が、数々のノーベル賞受賞者を輩出してきた大学の根底にあるのです。

DXが進まない日本の「苦しい言い訳」

DXの進捗にも同じ事が言えるでしょう。
これまで、いや、いまだに「DX」と向き合わない企業が多数あります。

しかし、DXの必要性はもう何年も前から指摘されているものです。
そして今になって、DXが進まない理由を「人材不足」とする企業が多い現状があります(図3)。


図3 変革(DX)人材の過不足感の日米比較
(出所:「DX白書 エグゼクティブサマリー」情報処理推進機構)https://www.ipa.go.jp/files/000093705.pdf p7

DX人材の必要性は、マスクの需要ほど急に沸き起こった需要ではありません。海外から優秀なエンジニアを雇うこともできたはずですし、先を見据えてデジタルに強い人材採用もできたはずです。
「なまこを獲りにいく」人材を準備できなかった結果でもあるのではないでしょうか。
そして、これがどれほど取り返しのつかない状況なのか、把握できていない企業はいつ危機的状況にさらされてもおかしくないという自覚が必要です。


右に倣ってフル稼働、では将来性はない

俗説かもしれませんが、よく身につけているものなどに対して、東京人は「いかに高級品かを自慢する」のに対し、大阪人は「いかに安く手に入れたかを自慢する」と言う言葉を耳にします。

筆者が会社員だったときにもよくありましたが、「残業自慢」「寝ていない自慢」が横行する企業の場合、不必要な米を生産して人件費がかかりながらも、商品の価格を下げなければ売れない、という先述の酒井教授の指摘どおりの状況にあると言えるでしょう。

そうではなく「短時間で仕事を終えた自慢」を持つ文化に切り替えなければ、この不安定な時代に即対応できる組織は生まれません。

いざというときに社員はすでに疲弊状態、設備も足りないという状況にある企業は自転車操業と言えます。
あらゆる経済活動がグローバル化し新興ビジネスが次々とスタートアップする中、組織にとって最も重要である「人」には、日頃は余裕を持たせるくらいの意識でないといざというときの対応力を失うばかりでしょう。



*1
「ハーバード・ビジネス・レビュー」2021年2月号 p32

*2
「上位2.5%の客対象のコミュニティ『&KAGOME』、コアファン向けサービスで上得意の離脱阻止」日経クロストレンド

上位2.5%の客対象のコミュニティ「&KAGOME」、コアファン向けサービスで上得意の離脱阻止

真夏の日差しが降り注いだ8月3日、栃木県那須塩原市にあるカゴメの那須工場に、カゴメ好きの精鋭20人が集結した。同工場は、カゴメが持つ全国7カ所の工場の中で最大規模。30代から70代まで男女半々の見学メンバーは、トマト畑での収穫も体験し、翌週8月11日から数量限定で発売された「カゴメトマトジュースプレミアム」を一足早く味わった。

xtrend.nikkei.com

上位2.5%の客対象のコミュニティ「&KAGOME」、コアファン向けサービスで上得意の離脱阻止
 

*3
「第2回『京大おもろトーク:アートな京大を目指して』〜京大解体」

第2回「京大おもろトーク:アートな京大を目指して」〜京大解体|京都大学OCW

ocw.kyoto-u.ac.jp

第2回「京大おもろトーク:アートな京大を目指して」〜京大解体|京都大学OCW
 

清水 沙矢香

この記事を書いた人

清水 沙矢香

2002年京都大学理学部卒業後、TBS報道局で社会部記者、経済部記者、CSニュース番組のプロデューサーなどを務める。ライターに転向後は、取材経験や各種統計の分析を元に幅広い視座からのオピニオンを関連企業に寄稿。<br> 趣味はサックス演奏。自らのユニットを率いてライブ活動を行う。<br> <a href="https://twitter.com/M6Sayaka "target="_blank">https://twitter.com/M6Sayaka </a>