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「中国で転職は当たり前」は本当か?求人事情とメンタリティを駐在員が解説

コラム公開日
日本の離職率についてよくまとまっている記事に、こんなもの*1がある。
新卒と中途、中小と大企業で違いはあるが、全労働者でみた2020年の平均離職率は14.2%。
新卒者に限って言えば、3年以内に中卒者で7割弱、高卒者の約4割、大卒者の約3割が会社を去る。

これをどう考えるかは、人によって違うはず。
昭和を生きてきた方なら「最近の若者は辛抱が足りない」という話になり、若い方の反応としては「そりゃそのくらい辞めるっしょ」といったものではなかろうか。

しかし、自分の見方は異なる。
何だかんだ言っても、やはり勤勉な日本人。
大卒者の約7割が「石の上にも3年」とばかりに、不満があっても気合いで耐える。
主張はなるべく控え、中には自己犠牲=美徳と捉えて組織に尽くす人もいる。
働き方やキャリア観がだいぶ変わったとはいえ、心の奥底にはいまだ島国根性がどっしりと根付いているーー。

なぜそう感じるかと言えば、筆者は中国で暮らしている関係上、大陸の雇用状況を目の当たりにしているからだ。
LinkedInの調べによれば、中国の「95后」(1995年以降生まれの世代)にとって、最初の勤め先の平均在職期間はわずか7カ月*2。
国有企業や公務員など例外もあるとはいえ、中国の民間企業では新人が流星のごとく現れては消えてゆく。

また、それなりに長く働いている人でも少し条件のいい転職話があれば、予兆もなくある日突然職場を去ることは珍しくない。
自分とて最初は「何なのこの人たち」と思ったものだが、現地に馴染んでいくにつれ、分かってきたことがある。
それは、この一見無節操な働き方こそ、中華の大地で生き抜く知恵。
言い換えれば、中国人たちのキャリアアップ、そして自己防衛のための行動様式なのである。

筆者はその中に、われわれ日本人にとって学ぶべき点があると信じている。
「いやいや、中国の真似なんてマジ勘弁」と多くの方が感じるであろうことを承知の上で、以下持論を語ってみたい。



仁義なき中国型組織に渦巻くカオス

「日本人は空気を読み、中国人は流れを読む」
これが日中両国で会社勤めを経験し、痛感した自分の思いである。

空気、すなわち同調圧力が支配的な日本の組織では、「和」を重んじることが求められる。
そんな中でも今どき理想のリーダー像と言われるのは、決断力や統率力があり、皆を先導していく者といったもの。

でも、たいがいの組織内を見渡すと、おえらいさんの顔ぶれには無難に皆をまとめる調整型、もしくは何もしていなそうなオッサンがまだまだ多い。
何しろ、日本では「聞く力」なんていうのもリーダーのアピールポイント(例:首相)。
万事話し合いで決めるのがルールであり、独裁者は好まれない。

それに対し、何かと主張が多く、声の大きい中国人をまとめるために必要なのは、聞く力ではなく力そのもの。
好かれるよりは恐れられてナンボの世界であり、中国は政府や企業、家庭に至るまで、あらゆるセクターで往々にしてひとりの者に権威が集中する(例:習近平)。

このような組織構造について、国際政治学者の益尾知佐子氏は『中国の行動原理 国内潮流が決める国際関係』(中公新書)*3の中で、中国の伝統的な家族制度である家父長制から派生したものと論じている。
これを筆者なりに噛み砕いて説明すれば、次のようになる。
中国型の組織はコワモテの父親、つまり親分が君臨し、子ども=手下たちの関係はわりかし平等。
部長だろうが係長だろうが同じ部下であることに変わりはなく、肩書よりはボスに気に入られているかどうかで全てが決まる。
つまり、中国型組織ではいかにトップの歓心を買うかが最優先マター。
周囲の人間は上司だろうが同僚だろうが出世ゲームの競争相手ということになる。
しかし、親はいつか寿命を迎えるものであるし、天寿を全うする前に力を失うこともあれば、チョンボをやらかすこともある。

そのため、中国の組織人は表面上従順さを装いつつも、自分のボスに将来性があるかどうかを常に見ている。
コイツはここまでと見切ったら、義理人情に惑わされず即行動。
これが中国人の「流れを読む」ということである。

さらに言えば、先読みの対象は自分の上に立つ者だけでなく、所属している組織、携わっている業界など、ありとあらゆる範囲に及ぶ。
世の中の流れに乗れず、斜陽産業なんぞに身を置いて人生を棒に振りたくない。
消えゆく会社や業界と運命を共にするなど、まっぴら御免。
そう考えて、5年10年と積み重ねてきた忠義の心やキャリアなども、中国人は必要となればスッパリ捨てる。

もちろんそんな手下たちの思いを親分は百も承知であるから、お追従を言う部下に疑いの目を常に向ける。
そして手下たちは出世のために手柄を競いながら、下剋上のチャンスも狙いつつ、同時に逃亡の準備も怠らないーー。

以上のように自分は同書を読んだわけなのだが、要するに中国型組織とは常にヒリつくような緊張感がつきまとうものということが分かればよい。
それはまさに、殺るか殺られるかの世界……というのは言い過ぎだが、仁義なき戦いであることは間違いなく、その不断の闘争こそ中国型組織のダイナミズムの源泉なのである。


「逃げるは恥」ではなく「戦略的撤退」と捉える

孫子いわく、「三十六計逃げるに如かず」。
早い話が不利を悟ったらばっくれたもん勝ちということだが、自分の経験から言って、中国人とはこの教えをいとも軽やかに実践できる人々である。
「韓国語を大学院まで学び、翻訳を生業にしてきましたが、言語を使う仕事はこれからますます先細りになると思い転職しました」
そう言い放った知人の子は、いつかはAI翻訳が自分の仕事を奪うと予見し、人生の大きな決断を下したらしい。

昨今の技術進歩を鑑みれば「そんなのSFの見過ぎ」と言えない状況になっているのは確か。
だからといって大学4年、院生2年で計6年の語学の積み重ねを、普通はそう簡単に投げ打てるものではない。
また、あろうことか日本人の自分に面と向かい、「もうこれからは日本の時代ではないので、上司に言って所属を管理部門に変えてもらいました」と語った若者もいた。

これらは前向きな「戦略的撤退」の例だが、逃亡そのものといった辞め方を選ぶ人も最近は多い。
会社にこき使われて壊れるくらいなら、働かずに家でゴロゴロしていた方がマシという考え方。
中国語で「躺平」(タンピン)*4、日本でもニュースになった寝そべり族のことである。



ただし、本当に働かなくても生きていけるのは親の金をアテにできる人々のみ。
多くの若者はずっと寝ているわけにもいかず、いつか巡り会えるかもしれない理想の職場を求め、労働市場をさまよい歩く。
それが許されるのは、中国では職歴の汚れが日本ほど就職で不利にならないという事情もあるが、「逃げるは恥」という意識が比較的希薄であることも大きい。
この会社はブラックだ、面接時と話が違う、自分のやりたい仕事じゃない等々。
フラストレーションを溜め込む前に、彼らはリセットボタンを押す。
他人からどう思われようが、自分の思いに忠実に生きることの方が大事なのである。


最後に自分を守れるのは自分だけ

まとめれば、本来こういう話はどちらが優れているという性質のものではない。
日本と中国では社会の仕組みが大きく異なり、仕事やキャリア形成に対する意識も違うのだから、それぞれの働き方に一長一短があるのは当たり前。
だが、それを分かった上で中国の「長所」を参考にすべきと考えるのは、昨今の日本では仕事で無理を重ね、傷つく人があまりにも多いからだ。

自分も出版という斜陽業界、しかもクリエイティブ業とは名ばかりのハイパーブラック企業に長く勤めた身であるから割と確信を持って言えるのだが、世の中にはどう努力しても報われない仕事環境というものが存在する。

また、会社が本気で傾いた時、過去にどれだけ貢献していようが、組織があなたを守ってくれるとは限らない。
馬車馬のようにヒーコラ働き、長年恩を売ったつもりがある日突然オーナーが会社を身売り、新しく来た年下上司に詰められまくる屈辱の日々ーー。
そんな今どきありがちなドツボに陥る前に、中国人の如く先を読み、自分の乗っている流れに落とし穴はないか常日頃から考える。
はたまた今の職場がどうにも耐えられない、未来がないと感じるなら、転職をためらわない。
そういう計算高さというか面の皮の厚さを、日本人はもう少し持っていいと思うのだ。

同調圧力に呑まれるあまり周りに合わせ過ぎるのではなく、時には自分に合った環境を進んで探し求めよう。
一手二手と先を読み、詰む前に、壊れる前に行動を起こすべし!


*1
ASHIATO「離職率の平均は? 新卒と中途、大企業とベンチャーで違いはある?」

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*2
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*3
益尾知佐子『中国の行動原理 国内潮流が決める国際関係』(中公新書)
第2章 中国人を規定する伝統的家族観 1、権威集中の社会組織ーー家父長による”支配”の項を参照

中国の行動原理 国内潮流が決める国際関係 -益尾知佐子 著|中公新書|中央公論新社

世界各国と軋轢を起こす中国。その特異な言動は、中華思想、米国に代わる世界覇権への野心などでは説明できない。なぜ21世紀に入り、中国は海洋問題で強硬姿勢に出たのか、経済構想「一帯一路」を始めたのか――。本書は、毛沢東・鄧小平から習近平までの指導者の動向、民族特有の家族観、社会の秩序意識、政経分離のキメラ体制など国内の潮流から、中国共産党を中心とした対外行動のルールを明らかにする。

www.chuko.co.jp

中国の行動原理 国内潮流が決める国際関係 -益尾知佐子 著|中公新書|中央公論新社


*4
西日本新聞me「賢者の行動か、『強国』の恥か…中国の若者に広がる寝そべり主義」
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/765906/
御堂筋あかり

この記事を書いた人

御堂筋あかり

スポーツ新聞記者、出版社勤務を経て現在は中国にて編集・ライターおよび翻訳業を営む。趣味は中国の戦跡巡り。