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イグノーベル賞に学ぶ 「無駄」を認める組織はしなやかで強いというお話。

コラム公開日

コロナ禍で雑談が俄かに見直されている。ある調査によると、テレワーカーの多くが雑談は生産性・創造性の向上や良好な人間関係に役立つと考えているのだ。*1 
このように、一見無駄に見えるものにも効用があることは多い。

「裏ノーベル賞」ともいわれるイグノーベル賞は、「人を笑わせ、そして考えさせる」研究が受賞対象である。*2  
中には役に立たなさそうなユニークな研究もあるが、日本は15年連続で受賞者を輩出している。*3 
日本には、ユーモアやパロディー精神をよしとする土壌があるのかもしれない。

イグノーベル賞を受賞した研究が別分野で応用され、私たちの生活を豊かにするイノベーションにつながったケースは多い。だが、そうした研究も、もとをたどれば「これが何の役に立つのか」と思われていたものなのだ。

常識に囚われない独創的な発想や遊び心を尊重し許容する。それは組織にとっても大切なことではないだろうか。


人を笑わせ、次に考えさせる

イグノーベル賞は、1991年に創設された。「人々を笑わせ、次に考えさせる成果を称えるもの」で、想像力を尊重し、科学、医学、技術への人々の関心を刺激することを目的としている。*2


図1  イグノーベル賞の公式マスコット、スティンカー
出典:Improbable research “ About the Igs”

About the Igs

The Ig Nobel Prizes honor achievements that make people LAUGH, then THINK. The prizes are intended to celebrate the unusual, honor the imaginative — and spur people’s interest in science, med…

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“Ig Novel Prize”というネーミングは、ノーベル賞と「イグノーブル(ignovel:品がない、浅ましい)」を掛け合わせた造語で、そこにも創始者エイブラハム氏の諧謔(かいぎゃく)的な姿勢が窺われる。*4:p.21
ノミネートは誰にでもできるが、その数は自薦他薦合わせて毎年5,000件に上るという。*4:p.18
選考対象として好まれるのは、世の中に定着している常識や既成概念を退け、科学上の非常識、不合理、非アカデミズムとされるテーマや、日常生活のなかに潜む無秩序、不条理、曖昧な現象である。*4:p.35

日本人がこれまで受賞した研究も、「ハトによるモネとピカソの作品の識別」(心理学賞)、「イヌとの対話を実現した犬語翻訳機『バウリンガル』」(平和賞)、「兼六園の銅像がハトに嫌われる理由の化学的考察」(化学賞)、「人々が互いに寛容になることを教えたカラオケ発明」(平和賞)、「バニラの芳香成分『バニリン』を牛糞から抽出」(化学賞)と実に斬新。

日本人研究者たちが受賞した独創的な研究と、そこから導き出される脅威の「学び」をみていこう。


脳も神経もない単細胞生物が迷路を最短ルートで解く?

ご紹介するのは、2008年に認知科学省を受賞した研究である。
受賞理由は「粘菌が迷路を最短ルートで解く能力があることを世界で初めて発見」というもの。*4:pp.120

粘菌は脳や神経系がない単細胞生物で、原形質と呼ばれる物質の塊のみからできている。そのため、高度な情報処理能力はないと思われてきた。ところが、その粘菌が、迷路を最短ルートで解くという高い情報処理能力を発揮することを、日本の研究者たちが発見したのだ。*5:pp.1-2

迷路の最短ルート探索は、数学的には「組合せ最適化問題」と呼ばれる難問題のひとつ。これは、電線を最短経路で引いたり、セールスマンが得意先訪問の順序を決定するときなどに応用できるなど、日常生活に深く関わる分野だ。
それで、このテーマについては長年にわたって盛んに研究が行われてきた。

この研究によって、私たちは粘菌から多くのことを学ぶことになる。
それはどういうことだろうか。

受賞した研究者の1人、小林亮・広島大学教授(当時)の説明を辿ってみよう。

単細胞生物の驚くべき能力

迷路を最短ルートで解くという粘菌は不思議な生き物だ。
図2のように、さまざまなライフステージを持つ。*4:p.122


図2  粘菌のライフステージ
出典:志村幸雄(2011)『笑う科学 イグ・ノーベル賞』PHPサイエンス・ワールド新書 電子書籍版 p.122

この研究の対象はこのうち「変形体」である。
下の図3は、変形体が餌を求めて左から右に向かって拡がっているところで、大きさは数cmだ。


図3 粘菌(真正粘菌モジホコリ)の変形体(1目盛り5mm)
出典:小林亮(2014)「粘菌の経路検索における最適化」p.40
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jrsj/32/6/32_32_530/_pdf

動物行動学では、知的レベルを測る標準的な試験として迷路解きが採用されている。
実験の手順は、以下のようなものだ。*6:pp.40-41
  • あらかじめ用意しておいた30cm四方ほどの粘菌から3mm角ほどの小片を多数切り出して、迷路のあちこちに置く。
  • 数時間後、その小片が拡がり、融合して大きな固体になる。
  • このようにして迷路を一匹の粘菌で満たしておき、小さなエサを迷路の2か所にセットする(図4-a)。



図4 粘菌の迷路解き
出典 上図:広島大学「研究 7回 小林亮教授 (大学院理学研究科)ロボットづくりの夢に挑戦! −生物から学んで、しなやかに、そしてタフに−

第7回 小林 亮 教授 (大学院理学研究科)

www.hiroshima-u.ac.jp

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下図:小林亮(2014)「粘菌の経路検索における最適化」p.41
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jrsj/32/6/32_32_530/_pdf


・すると、粘菌はエサに向かって移動を始め、まず、行き止まりの経路に伸びていた体を引き上げた。そして、経路の解答となる各経路に1本ずつ太い管を作った(図4-b)。
・その後、並列する経路のうちで長い方に残っていた管がやせ細り、ついには消滅した。最後にはエサをつなぐ経路が1つだけ残った(図4-c)。

迷路を解くルートは4つあるのだが、以上のようにして残った最終経路は、高い確率で最短ルートだったというのである。
脳も神経もない単細胞生物が、経路を解くだけでなく、最短経路を求めるという計算をやってのけたのだ。
これは、一刻も早く養分を吸収したいという粘菌の生理的欲求と関係があると考えられている。

さらに、粘菌の振る舞いは、状況に非常に適応的であったという。自分のからだの量に対して餌が少ない場合とたっぷりある場合で、振る舞いが違うのだ。
餌を覆った上で、まだからだが十分に余っている時は長い経路を作り、反対に2つの餌の量が十分に多く、からだで覆っても覆いつくせない時は、つながるのをやめて2つに分離することもある。
粘菌は餌とからだの量に応じてつながり方を変えているのだ。
こうした振る舞いは、単に最短経路を求めるより、明らかにレベルの高い戦略である。

粘菌に学ぶネットワークデザイン、そして2度目の受賞

研究はこれに留まらない。*6:pp.44-45

鉄道網、道路網、電力網、水道網、電話回線網、インターネット網・・・、世の中にはさまざまなネットワークがあり、私たちの生活を支える基盤となっている。

ネットワークの評価は、コスト、効率、耐故障性の3つの要素があり、それらはトレードオフの関係だ。
例えば、図5のように3つの町をつなぐネットワークの最適化とはどのようなものだろうか。


図5 3つの町をつなぐ道路のネットワーク
小林亮(2014)「粘菌の経路検索における最適化」p.44
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jrsj/32/6/32_32_530/_pdf

コスト面からは(a)が最善だ。だが、隣りの町に行くための直線経路がないので、輸送効率は最善とはいえないし、何かのトラブルで道路が1か所でも切れてしまうと、孤立する町が出てしまうため、耐故障性も低い。

では、(b)はどうだろう。(a)よりはコストがかかるが、輸送効率は最善だ。また、道路が1箇所切れても(a)のようにどこかの町が孤立することもないので、耐故障性も高い。

さらに、(a)と(b)を合わせた(c)を作れば、輸送効率性と耐故障性という点では申し分ないが、コストは高くなってしまう。

このような問題は多目的最適化と呼ばれているが、粘菌はこの問題をどのように解くのだろうか。

小林教授らは、次のような実験を行った。*7
アメリカのハイウェイを網羅した図に、粘菌の数理モデル(問題を解くための効率的手順を定式化)を当てはめて、シアトルからヒューストンまでの最短経路を求めたのだ。
すると、図6のような最適経路が得られた。

図6 粘菌の数理モデルによって得られたシアトル・ヒューストン間の最短経路
出典:広島大学「研究 7回 小林亮教授 (大学院理学研究科)ロボットづくりの夢に挑戦! −生物から学んで、しなやかに、そしてタフに−

第7回 小林 亮 教授 (大学院理学研究科)

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第7回 小林 亮 教授 (大学院理学研究科)
 
実際に餌を3個以上置いて、どのように最短経路を結ぶのかという実験をしたところ、粘菌は1か所が故障しても全体がつながり、しかもできるだけ短い経路を作ったという。
 
先ほどみたように、鉄道や道路などの路線は、コスト、効率、耐故障性の3つの要素を考慮しなければならず、複雑になればなるほど天文学的な計算が必要になる。
この研究結果から、粘菌を利用することでそうしたアプローチを補うことが期待されている。
 
こうした功績によって、小林教授らは、2010年、イグ・ノーベル賞の交通計画賞(Transpotation Planning Prize)を共同受賞した。2度めの受賞だ。
 
「粘菌はシンプルで優れたシステムであるが故に数億年生きてこられた。また、その事実故に、人間が良い問いかけをしてやれば、必ず良い答えを返してくれます。粘菌の『知恵』は侮れない」と教授は語る。
 
私たち人間は、人間以外の生物を下等なものとして見下しがちである。特に粘菌のような単細胞生物などは、とるに足りないものだと思ってしまう。
しかし、私たちが謙虚な気持ちになりさえすれば、生き物として大先輩である彼らからさまざまなことを学ぶことができるのだ。*6:p.45


無駄はポテンシャルそのもの

「謙虚になって、大先輩である単細胞に学ぶべきだ」と、もしこの研究成果が出る前に誰かが言ったとしたら、私たちはどう思っただろう。
「何を言ってるんだ」と取り合わなかったかもしれない。
だが、そうした姿勢をもった研究者が、驚くべき発見をした。

それが本当に無駄かどうかは、誰にもわからない。
もしかしたら、無駄だと思っていることが、いつか大きな実りをもたらすかもしれないし、結局、何ももたらさないかもしれない。

ただ、確実にいえるのは、無駄にみえることには大きなポテンシャルがあるということだ。

一見、役に立たなさそうなユニークなことであっても、本気で夢中になっている人がいたら笑顔で尊重し、その独創的な取り組みに敬意を払う―そんなイグ・ノーベル賞精神は、豊かで強靭な組織づくりにも役立つに違いない。


資料一覧
*1
一般社団法人日本能率協会(2021)「2021 年「ビジネスパーソン 1000 人調査」【雑談機会と効果】」

2021年「ビジネスパーソン1000人調査」【雑談機会と効果】

一般社団法人日本能率協会のプレスリリース(2021年10月4日 13時10分)2021年「ビジネスパーソン1000人調査」【雑談機会と効果】

prtimes.jp

2021年「ビジネスパーソン1000人調査」【雑談機会と効果】


*2

Improbable research “ About the Igs”

About the Igs

The Ig Nobel Prizes honor achievements that make people LAUGH, then THINK. The prizes are intended to celebrate the unusual, honor the imaginative — and spur people’s interest in science, med…

improbable.com

About the Igs


*3
日本経済新聞(2021)「イグ・ノーベル賞 日本人15年連続 「歩きスマホ」での衝突解明
ユニーク研究の系譜継ぐ」

イグ・ノーベル賞 日本人15年連続 「歩きスマホ」での衝突解明 ユニーク研究の系譜継ぐ - 日本経済新聞

ユニークな科学研究などに贈られる「イグ・ノーベル賞」の授賞式が9日(日本時間10日)にオンラインで開かれ、日本人の研究者が15年連続で受賞した。京都工芸繊維大学の村上久助教(34)らが「歩きスマホ」をすると歩行者同士がぶつかるのを避けるのが難しくなる仕組みを解明して「動力学賞」を受賞。科学の研究力低下が続く日本で、特に苦境が指摘される若手がユニーク研究の系譜を継いだ。村上助教、師匠にあたる東京

www.nikkei.com

イグ・ノーベル賞 日本人15年連続 「歩きスマホ」での衝突解明 ユニーク研究の系譜継ぐ - 日本経済新聞


*4
志村幸雄(2011)『笑う科学 イグ・ノーベル賞』PHPサイエンス・ワールド新書 電子書籍版
<キャプチャ>

イグノーベル賞 エビデンスキャプチャ - Google Drive

drive.google.com

イグノーベル賞 エビデンスキャプチャ - Google Drive


*5
独立行政法人 理化学研究所・北海道大学(2000)「粘菌が迷路を最短ルートで解く能力があることを世界で初めて発見」
https://www.riken.jp/medialibrary/riken/pr/press/2000/20000928_1/20000928_1.pdf

*6
小林亮(2014)「粘菌の経路検索における最適化」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jrsj/32/6/32_32_530/_pdf

*7
広島大学「研究 7回 小林亮教授 (大学院理学研究科)ロボットづくりの夢に挑戦! −生物から学んで、しなやかに、そしてタフに−

第7回 小林 亮 教授 (大学院理学研究科)

www.hiroshima-u.ac.jp

第7回 小林 亮 教授 (大学院理学研究科)
横内 美保子

この記事を書いた人

横内 美保子

博士(文学)。総合政策学部などで准教授、教授を歴任。留学生の日本語教育、日本語教師育成、リカレント教育、外国人就労支援、ボランティア教室のサポートなどに携わる。パラレルワーカーとして、ウェブライター、編集者、ディレクターとしても働いている。<br> twitter:<a href="https://twitter.com/mibogon">https://twitter.com/mibogon</a><br> Facebook:<a href="https://www.facebook.com/mihoko.yokouchi1">https://www.facebook.com/mihoko.yokouchi1</a><br>Instgram(mihokoyokouchi):<a href="https://www.instagram.com/?hl=ja">https://www.instagram.com/?hl=ja</a><br>